今日のカウンセリング 2005年 12月

*不安な気持ちとカウンセリング

皆さん、こんにちは。

今回は心理療法の一つで使える手法を紹介したいと思います。

元来、人間はとても不安な生き物です。

自分の心の中では常に未来を心配し過去を後悔しています。

そして自らの深層心理では「これから自分はどうなるのか?」

ということが暗黙のうちに頭脳を駆け巡っています。

不安が不安を呼び、さらに不安になるという連鎖反応が起こります。

不安が大きく増大すると恐怖になります。

その時点では頭の中が真っ白になりパニック状態になります。

さらに恐怖を打ち消そうとして強迫的にもなったりいたします。

このような経験をされた方は多いのではないでしょうか。

こころの働きとして不安は切っても切れない関係です。

むしろ不安があるから生物上、生きていけるのです。

不安は生きていく上では尽きません。

それと対峙していく必要はなく、

むしろ不安と付き合っていく程度がいいのでしょう。

ではカウンセリングでは不安にはどう対処するのか?

という事が課題になりますよね。

私はまず不安を抱えてクライエントさんが来訪された時には、

笑顔で迎えます。そしてカウンセリングルームが、

クライエントさんにとって安全な場所であることを説明いたします。

これは「場」の雰囲気というものが、とても重要な心理的効果を現します。

ここまでだと大概のクライエントさんは落ち着かれます。

さらに不安の種類にもよりますが、さらに不安を軽減するため、

「大丈夫ですよ、もう安心です。何も恐れなくていいのですよ・・・」

これをクライエントさんへのメッセージとして伝言します。

これによりクライエントさんの不安が払拭し、

こころのバランスを整えられ、さらに心理的な安定度が増します。

但しカウンセラーを信用しクライエントさんと

ラポールが形成されていないと、なかなか効果が発揮出来ません。

考えてみれば私たちは大人になってからというもの、

誰からも心理的な防御をしてもらえる人がいないか若しくは少ないかです。

また年を取ってくると、不安を解消出来る人や場所が減ってきます。

人が成長する上で、本当にカウンセラーの役目は重要だと痛感いたします。




今日のカウンセリング 2005年 11月

*カウンセラーとの出会い

カウンセリングというと皆さん、体験した方ならまだしも、

どのようなものなのか疑問に感じる方もおられると思います。

私が初めてカウンセリングを受けたのは、もう随分、昔の事です。

ただ皆さんの中には特にカウンセラーでなくても

ご友人やご両親、それに恩師や夫婦、上司その他、いろいろな方に

相談されていると思います。

世の中には沢山の方がいて、いろいろな相談や悩み事があり、

千差万別です。それに対応するべく術(すべ)は

多種多様でなくてはいけないと思います。

例えば薬にもいろいろな種類があり様々な疾病に対応するものであります。

特に人のこころというものは日々変化し多様であり、

これといった心理療法の型にはまるものではないと思います。

話を元に戻しますが、

私も一人の人間ですから、勿論、悩みや問題が有り、

カウンセリングを最初に受けた頃の事を書きます。

まず、私はカウンセリングを予約したのですが、

行くか行くまいか、断ろうか、どうしようか・・・

最初は迷いに迷って、とても途方に暮れました。

しかし誰かに自分の気持ちを喋らないと、

とても落ち着かない状態でした。

眠れない夜が何日も続いた事もあります。

かといって、身近に聴いてもらえる相手はいないのでした。

そんな日々を過ごしている内にカウンセリングの日が

ついにやってきたのです。

私はもともと内気なタイプで人前では喋らないのです。

多分、これではカウンセラーが困るだろうなと思っていました。

カウンセリングルームに入り、ソファに腰掛けたのですが、

とても緊張して下を向いて黙っていました。

するとカウンセラーのおばさんが気楽に話してくれたので、

その瞬間、私は自分の問題を雪崩れのように喋りだしたのです。

これは自分でも不思議なのですが、

ただ単に自分が話をしていて気持ちが楽になるという経験でした。

そこにいけば、いつでもカウンセラーと話ができるという安心感でした。

つまりカウンセリングルームというのは守られた空間なのです。

そして人と出会う(この場合カウンセラー)ということが、

人生に於いて大切なんだということをつくづく感じました。

もしあなたが長生きして、どのくらいの人と出会うか考えてみてください。

多分それは星の数より少ないでしょう。

私は多くの出会いが人生観を変えさらに豊かにするものと確信しています。




今日のカウンセリング 2005年 10月

*家族療法について

古代より権力争いや、お家争いなどで、肉親どうしが、

憎みあい殺し合いなどを続けてきたという歴史があります。

例えば平家と源氏、天皇家の血筋争いなどです。

それをいさめていたのが「陰陽師」でした。

一時期、アニメや映画にもなったので、ご存知の方も多いかと思います。

彼の役割は人間関係(これは亡くなられた方も含みます)

のこじれた部分の糸をとぎほぐしてゆくという仕事です。

現代風にいえば陰陽師は科学者半分、カウンセラー半分で

シャーマンのような能力もあったのだと推測できます。

つまり陰陽師というのは自然界のあらゆることに精通し、

それなりの科学的知識を持ち、人間の心理状態も洞察していたのでしょう。

ですから、このような方にはカウンセラーには適任だと思います。

話が飛びましたが、近年には法律で縛られているという部分もありますが、

それでも、やはり家族間や親戚間、

肉親等において確執なり恨事などが存在します。

人間関係を成立させる上で最も大切なのは信頼関係です。

いわゆる機能不全家族は、これが完全に崩壊しています。

それがゆえに各個人がバラバラになり、

コミュニケーションも上手く取れないという状態に陥ります。

「人は育てられたように育つ」といいますが、

虐待など、こころの傷を受けた方は、

自分が親になった時また同じように自分の子供にも虐待をしてしまいます。

それにも増して、現代の社会状態では横繋がり(地域社会)も

縦繋がり(職場など)も人間関係が崩壊しています。

それに伴って友人関係も作りにくい状態です。

では、このような問題にどう対処していけばいいのか?

私めが考えますに、それに変わる新しい枠組みが必要だと思います。

つまり受け皿となる、血縁のない家族、利害関係のない友人関係、

志を同じくした仲間同士など、特にこれまでの因習の枠組みに

とらわれる必要はないと思います。

そこで上手く人間関係を形成されれば、仮の家族や仮の友人であっても

真に人間的な繋がりが出来るのではないでしょうか。

勿論、私どもカウンセラーにも親代わり、友人代わりとしての使命があります。

そして人を育てる人間教育機関としての使命もあります。

人間関係のような社会的スキルは一夜にして習得できるものではありません。

何年もかけて経験し失敗を繰り返しながら学んでゆくものだと思います。




今日のカウンセリング 2005年 9月

*逆境に強い人間

逆境に強い人間は、鉄人か超人だと私たちは想像してしまいますが、

そうではないと思います。むしろ逆に、過酷な運命に弱い人間が、

実は案外、逆境に強い人なのかもしれません。

但し逆境に強くなるための条件が必要だと思います。

もし自分に何がしかの試練があったと仮定します。

その時、私たちは運命に翻弄されるか、立ち向かうか、

どちらかの二者選択を迫られます。

人は迷いに迷って悩みに悩んで大いに自分の心を揺さぶられるでしょう。

そして今の自分の生き方というものを最終的には問われると思います。

そこから、逃げるのはとても簡単です。しかし逃げることがその人に

とっての生き様として価値のあるものかどうかは疑問に感じます。

逆に自分の試練に挑戦する、またそこから逃げない、自分に負けない、諦めない、

ということが、自身のこころの成長に繋がり、生き方としても大切な気がします。

誰しも試練や修羅場は人生に何回もくぐり抜けてゆくと思います。

その度ごとに、くもったガラスを磨くように、視界が開けてゆくように、

人生がより豊かなものになると思います。

よく言われる話なのですが、「光り輝いている人ほど影の部分が大きい」

まさに本当にそのとうりだと思います。

夜空に浮かぶ星は、闇が深いほど光輝くのです。

また蛍は夜だからこそ綺麗に見えるのです。

ですから皆さんも苦労や悩んだ分、

光輝いた人になる資格は十分にあると思うのです。

どうぞ逆境に負けずに十分に価値ある人生を味わっていただきたいです。




今日のカウンセリング 2005年 8月

*思考、行動、認知の歪み

さて私どもカウンセラーの今後の最重要課題といたしまして、

近年はうつ病や気分障害の治療に力点を置いております。

心理療法の中でもいわゆる認知療法はクライエントさまも、

大変興味を持たれてる治療法ですね。

アーロン・ベックが提唱した自己、世界、未来の否認的認知の

関係修正などがあります。

私どもカウンセラーがクライエントさまからお聞きしたお話を

よく吟味し、「どこが思考にズレがあるのか?」

また、「どうしてそのようにお考えになるのか?」

というところを二人で話し合いながら矯正していきます。

クライエントさまはいわば「言葉の呪縛」にかかっておられるので、

それを外してあげる作業になります。

人というのはとても暗示に弱い生き物です。

これまで培われた環境や教育によってその人の自身の生き方が運命づけられます。

自分の心がズタズタに引き裂かれ、またこれまで不幸にして周囲から

援助を受けられなかったクライエントさまは当然にして、

思考、行動、認知が歪んでいます。

クライエントさまが、思われてる、

「自分はダメ人間、周りからも嫌われている、将来に何も期待しない」

など、否定的な考えをカウンセラーはひっくり返します。

クライエントさまは常に自動思考で物事を悲観的に捉えられるので、

私どもカウンセラーといたしましては、

「そうですかね?それは違うと思いますが・・・」と返答致します。

技法といたしましては、

恣意的推論、二分割思考、選択的抽出、拡大視、縮小視、

極端な一般化、自己関連付け、情緒的な理由づけなどの思考に対して、

アプローチしてゆきます。

例えば具体的には、クライエントさまのお持ちの価値観の物差しを

代えてやるという作業をします。

また、非現実的ないわゆる妄想に近い思考部分に関しては、

その根拠を詰めて明確にしていきます。

うつの方には完璧主義をお持ちの方が多いので、

結果のみ重視という考え方にもメスをいれます。

とにかくあなたの苦しみの歪はここからきてるんだよ、

ということをカウンセラーとしてきっちり伝えなければなりません。

悪い思考のクセでもいい思考のクセに変えることは出来ます。

自分の人生を諦めずによりよく生きていく方法もあるという事を知ってください。




今日のカウンセリング 2005年 7月

*失敗を生かせる方法は

皆さん、こんにちは。

最近、暑くなってきましたが気分、体調のほうはいかがでしょうか。

十分な睡眠と栄養を取って、どうぞご自愛ください。

世の中には自分の思い通りにならない事が多いと感じている方もいるでしょう。

多少なりとも、全ての出来事は自分中心に動いている訳ではありませんし、

もしそうであれば、またそう思うのであれば、その人にとって、

こんなにハッピーな人生はありません。何の悩みも問題もないわけですから。

人はそういった思いどおりにならない現実に向き合う時、

感情としては、憤慨するか、意気消沈するかのいずれかです。

憤慨する方はその心理的視覚が他者に向いてしまいます。

自分は悪くない、世の中が全て悪いんだという認識を持たれます。

一方、意気消沈する方は気分の落ち込みなど、うつ状態になりやすと言えます。

世の中が思いどおりにならないのは、自分が一番悪い、

自分には能力がないという認識になります。

これは心理的視覚が自分に向いています。

この二つのアンビバレンスな感情とも、実は極端な思い込みであること、

また間違った認識であることを私たちは肝に銘じておきたいと思います。

自分に降りかかる問題や悩みなどといのは、

むしろこころを耕す道具になり得ると思います。

もしも平々凡々と自分の人生に何も起こりえず過ごす人がいたら、

その方は逆に不幸だと思います。何故かといいますと、

それは自分のこころを成長させる機会を得られなかったからです。

自分にもチャンスや運があれば、もっと道が開けたと思われる方が

おられると思います。しかしチャンスというのは、

むしろ自分が逆境の時の方が多いのです。

残念ながら苦しい時には、それには気がつきません。

自分はダメ人間で生きている価値がないと思われるのも間違っていると思います。

人の能力というのは潜在的な能力が大半で、

それを使い切っていない方が多いような気がします。

人生は何度でも何度でも失敗してもいいと思います。

失敗すればするほど、その人のこころは耕され、

逆に経験として生かせると思います。

失敗=ネガティブな思考というのは、

もうそろそろ捨てた方がいいのではないでしょうか。




今日のカウンセリング 2005年 6月

*森田療法について

私たちのこころは、いろいろな枠組みにはまっています。

いわゆる森田博士の「とらわれ」という概念があります。

とらわれにも、いろいろな種類があります。

時間的なとらわれ、自分自身へのとらわれ、場へのとらわれ、

などなど考えてみれば、沢山の自分が作り出した「自分自身への拘束」は、

無意識のうちにこころに作り出してしまっています。

これは客観的に見れば甚だ、馬鹿馬鹿しい既成事実でしょう。

ある人は自分の理想像を極限まで作り出してしまいます。

その為、理想の自己と現実の自己との乖離しすぎてしまって、

結果、自分を苦しめてしまうということになります。

これは典型的な自己像へのとらわれであります。

またある人はいつも体の調子がよくない。

自分自身へのからだへのとらわれが強く、

つねに病気ではないかと心配してしまうのであります。

確かにからだの声を聞くのは大事な作業であります。

しかし、常に体のことにとらわれていたのでは気分も沈みます。

まずは客観的な事実を受け入れることから始めるといいです。

また、ある人は時刻を正確にこなすために事故を起こしてしまった。

時間に追われてるということも時間的なとらわれであります。

現代はスピードが最優先だという美徳、つまり、とらわれがあります。

そもそも生物学的に動ける一定の時間というのは、今も昔も変わりません。

生理的な時間、睡眠、食事など人間が基本的に持ちうる時間というのは、

変えようがありません。これは宇宙のリズムと基本的に合致しているからであります。

もし人が眠らないまま活動すると、それはすなわち死に繋がります。

心身症にみる多様な病的形態は、多くの場合、とらわれが原因であります。

自分で作った馬鹿馬鹿しい枠組みは壊す以外に方法がありません。

そして新しい穏やかで受容範囲が広い、こころの枠組みを作るべきであります。

それがこころの健康に繋がるのです。

スピードも大事だかスローも大事、細くも大事だが太くも大事、

何事もバランスが欠けていると、こころには深刻なダメージになります。

私たちは日頃から「ちょうどいいぐらい」を見極めるくせをつけておくといいのです。

人としてのこころは、とらわれにとても弱いのですから。




今日のカウンセリング 2005年 5月

*愛について

皆さん、こんばんわ。青空に鯉のぼりが泳ぐ気持ちのいい季節になりましたね。

昔から先人たちが子供の成長や健康を願い、

鯉のぼりやお雛様とかに託すという行事ですが、

それそのものは、平凡な感じがしますが、とても意味のあることだと思います。

例えばマンションのベランダから鯉のぼりが見えたり、

或いは一戸建てのお家から鯉のぼりが上がったりしているのがあれば、

やはり、そこに親の思いというか願いがあるんだなあという気がします。

愛という形にはいろいろな形があると思います。

このような親子の愛、男女の愛、友情、ペットへの愛着、自然への畏怖愛。

また亡くらられた方への思いなど、言葉では言い尽くせませんが、

そこに何がしかの沢山の愛という情念の形が存在するのでしょうね。

人間にとって愛は必要不可欠、無くては、ならないものなのかもしれません。

愛が無くなるというのは、当たり前のことなのですが、

人と人とのこころの繋がりが切れてしまった状
態を指すと思います。

そして人はそこから寂しさを感じ、本能的にしかも無意識的に

何がしかの繋がりを求めようとします。

こころにとって、最も栄養になるのはやはり「愛」でしょう。

人は愛が足らないと、こころは急速に萎え衰えてしまいます。

人間社会はこの愛情という情念そのものが常に湾曲してしまったり、

反対に呪縛や怨念に変わってしまう危険性をもはらんでいます。

さて私どもカウンセラーにとって愛とは、

いってみればそれは、こころを治す薬になるものです。

例えば寓話でいいますと「マッチ売りの少女」です。

こころが暗黒の夜にある方にマッチを差し上げ火をつけて

明るくしてあげ、こころを暖かくしてあげる作業です。

手前味噌で何なのですが、私の持ち合わしている愛の特性というのが、

少し皆様と違っていて、一人の特定の方に向くのではなく、

全人類、またその他、自然や宇宙、目に見えないものにまで

向いてしまうという指向性があります。

言い方を代えてみれば、私の愛は皆さんに差し上げることが出来ます。

ですので私には愛のエネルギーが、

ものすごくこころに堆積しているのかもしれません。

私は知らず知らずに他者からの愛情を沢山受けてきたのでしょうね。

もしかしてカウンセラーという仕事は天命かもしれません。

そして私は人間が大好きです。それは老若男女問わずです。

人間が好きで好きでたまりません。これはもう病症的かもしれないです。

人生を楽しむコツは「愛情を持って人と関わること」

これが究極じゃないでしょうか。



今日のカウンセリング 2005年 4月

*うつについて

皆さん、こんにちわ。春の日差しも柔らかくなり、

もうすぐ桜が満開になります。まさに春爛漫ですね。

さて本日はウツについて少々考えてみたいと思います。

この時季は三寒四温といいまして気候が変動し、

わたしたち生体にもいろいろな反応が表れる時季でもあります。

それは自律神経やカラダのホルモンバランス、

脳内物質などにも影響し、さまざまな変化が私たちのカラダに訪れます。

これは病気とか障害とかいうのは、きわめて不自然であり、

むしろ外界との調和を保つための自然な摂理要求であると思います。

ウツにもいろいろな症状がありますが、前者で取り上げたものは、

いわゆる季節性ウツ障害なんていわれます。

この場合は気温、天候、日光量、宇宙線などさまざまな

環境ストレスが要因として考えられます。

考えてみれば私たちは生を受けてから、現在まで、

このようなストレスを身近に受けてきて、

それなりに順応してきたのですから、特に不安になったり、

落ち込む必要はないと思います。

さて、次に同じ環境変化でも定年退職とか失業、離婚、死別、入院といった

重要なライフイベントでも私たちはウツになったりします。

このような、いわゆるココロの危機的状況に対応するためには、

やはり、まずココロをそれなりに休ませてあげなくてはいけません。

クライエントさんをよく観察していますと、まず最初に感じられるのは、

「強力な自分の自己像」をずっと過去、現在まで引きずっておられる方をよく見受けられます。

自己像にこだわり続けると、まるでループにハマったボールのようにグルグルその中を回ってしまい、

ついには目が回って倒れてしまい、身動きが出来ない状態になってしまいます。

生物界では蛇などは脱皮し、昆虫類などはサナギから成虫になります。

こころの成長にも同じことが言えるわけで、

ココロは、つねに定点位置に存在しているわけでなく

時事刻々変容を遂げている訳で、それに気づいていく事が大切だと思います。

私たちが自分を変えていくというのは、ものすごくエネルギーのいる作業です。

今まで騙しだまし自分の自己像を作り上げてきたわけですから、

それを一気に潰すとなると強烈なこころの浮き沈みが始まります。

それをサポートするのがカウンセラーの役目でもあります。

いわゆる「生き方上手」とは如何なるものであると

皆さんは考えておられるでしょうか?

それは、「もっとも自分らしく、過去でない、未来でない、

今ここにいる自分を精一杯生きることではないか」と思います。

勿論、私たちには常に「どう生きる?」という不安や迷いがありますが、

ひとつ、ヒントとして歴史上の人物がどのような生き方をしたのか

学ぶことによって自分の人生も見極めることが出来ると思います。

ウツを経験した人ならわかると思いますが、これまで人間の歴史というのは、

大概、同じような経験をした方が多くいらっしゃって、何も自分だけが

地獄のようなウツの苦しみを味わっているのではないのです。

なので先人たちの生きる知恵に学ぶところは大いに自分にとって

プラスになることでしょう。また先人たちの生き様に共感することによって

自分のココロも癒されるでしょう。

最後に少し重たい文面になりますが、

自殺したいと考えている方へのメッセージです。

今回は河合隼雄氏の余話から引いてみました。以下引用

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「絶望は
死に至る病」と言った哲学者がいた。
確かに何の望みもないという状況は大変である。
心理療法をしていると、「この世に何の望みもない」
という人が来られ、答えに窮するときがある。
しかし、それにはよい答えがあることを先日発見した。
「のぞみはもうありません」と面と向かって言われ、
私は絶句した。ところが、その人が言った。
「のぞみはありませんが、光はあります。」
なんとすばらしい言葉だと私は感激した。
このように言ってくださったのは、
もちろん新幹線の切符売場の駅員さんである。
のぞみはなくとも、ひかりがある。
あまりにもいい言葉なので、私は思わず、
言われたとおりのことを大声で繰り返して言ってしまった。

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ひかりもあるなら新宿行き夜行バスもあります。

太平洋フェリーもあるし、羽田行きJAL全日空もあります。

お金があるなら名神東名高速でタクシーってのもあります。

伊能忠敬のようにゆっくり歩いてゆくこともいいかもしれないです。

また中国人のように自転車で口笛を吹いてゆくのもいいかもしれないです。

人生の難問や困難にぶっかった時、

「もう駄目だ諦めるしかない」と思う前に、

沢山の解決方法があるのを気づいて欲しいと思います。




今日のカウンセリング 2005年 3月

*ナルシズムについて


世の中の全ての事件は、ひとが関係していると見ていいでしょう。

これは、当たり前の話ですが。

しかし、何故あんなことが、起きるのかを考えたみた時、

人知では計り知れないことだって数多くあるに違いないのです。

そもそも心理学者は、「何故そのような現象が起きるのか?」

ということを追求する立場にあり、日夜、研究に励んでいます。

21世紀になって日も浅いのですが、

この時代は、人と人のこころを結ぶ橋が

壊されてしまった時代といっても過言ではないでしょうか。

つまり、人は、恐れ、怒り、恨み、寂しさなどからくる

感情の璧を作ってしまって、そこに自分を幽閉し、

他者との関係の橋を壊してしまったのではないでしょうか。

こうゆう心的状態が長く続くと人間というのは、

ナルシズムに陥り、自分の顔が映った「自己愛の池」に

落ちて溺れてしまいます。

(ナルシストの語源は美男子の人が水辺に写った自分の顔に陶酔し

自分自身を愛してしまうという神話)

誰もが、自分のことで、精一杯です、

自分のこと意外には興味がないという社会では、

全員が溺れ、もがき苦しんでしまいます。

この社会で必要なのは正面から人と向き合う作業、

それも、真摯に誠実に愛情を持って接していかなければならないと思います。

「自分を愛するように人を愛せよ」

これは数々の歴史上の哲学者や宗教者、その他の人々が残している言葉であります。

最近、知ったニュースなのですが、イルカには弱者を助ける習性があるらしいのです。

外国で遭難した漁師がサメに狙われていたところに、イルカたちが助けに入った。

「もうだめだ。殺されるのは時間の問題だ・・・」と思っていたところに、

イルカたちが来てサメを追い払ってくれた、という話があるのです。

これは、決して寓話やフィクションではありません。

我々よりも下等と見られてる動物さえも、このような習性を見せます。

ましてや脳が肥大化し知性も兼ね備えてる人間の行いはどうだろう?

それは、野生動物にも劣るものではなかろうかと思われる事があります。

よく「人は育てられたように育つ」といわれるが、

この言葉は実に的を得てると思う。

現代に於いて特に象徴的なのは「姥捨て山」ならぬ「子捨て山」なのである。

両親が共働きで会話が無くコミュニュケーションが取れない子供たち

家でTVゲームばかりしていて殺人ゲームに熱中している子供たち

食べるものはファースト、ジャンクフードばかりで、

栄養のバランスが悪く脳内物質が乱れている子供たち

地域共同体としてのの付き合いがなくコミュニュケーションが希薄になり、

互助成育が失われた子供たち

このような状況では、真っ当な成人になれるわけがないですね。

江戸時代、外国から日本を訪問した外人たちは一様に思ったそうだ。

「こんなに子供を大切にする国は見た事がない」

昔の日本人は「子宝」という表現にもあるように、子供を大事にしました。

一人の人間に手を掛けて、手を掛けて育てたものです。

私は現代人社会を一言で表現するなら、ヒューマンネグレストな社会といいたい。

つまり、人間関係の放棄社会なのであります。

そこで提唱したいのだが、皆さんが、

こころを援助する「心援隊」を地域で結成してみてはいかがでありましょうか。

他人に関わるという作業は、自分のこころを育てるという作業なのでもあります。



今日のカウンセリング 2005年 2月

*共感とは

こんにちは、寒い日が続きますが皆さんは、お元気でしょうか。

今朝、私は信号を渡ろうと交差点で信号待ちをしておりました。

信号機が、まだ赤なのに、ある一人が急に渡りだそうとすると、

周りで信号待ちをしていた人で、急に渡ろうとする人が数人いました。

私もそのうちの一人でした。しかし車が来たので、やはり危険だと察知して、

足止めで渡らずにいました。

これは、ついつい、その人の行動に釣られて自分も同じような行動を

起こしてしまったといような現象です。

しかも、それは無意識のうちに行われていたのです。

仮に、これを

「こころの共鳴装置=Resonance device of mind」

が働いたということにしましょう。

この共鳴装置は誰でもが、こころに保持しており、

常に感情と一体となって働いていると考えられます。

例えば、ある映画や小説を見たり読んだりして、感動で涙が出たり、

自分が失恋した時など、音楽の歌詞が気になってみたりとか、

そのような経験を皆さんも多少お持ちでしょう。

つまり、この「こころの共鳴装置」は時間や空間を越えて、

共振するものであり、いうなれば、発信する側のこころの状態が

受信する側の人の心の状態と合致した時のみ、

共振が可能だという事になります。

これを同時共振と名づけることにいたします。

では、カウンセリングでよく使う「共感」とは、どう違うのでしょう。

共感とは、すなわち意識下にあるものだけを対象にした1次的感情であり、

顔などの表情に現れる最もポピュラーなものです。

これに対して共振は、暗黙のうちに行われる2次感情であり、

無意識下の領域にあり、自分でも気がつかないことであります。

これを上手くカウンセリングに利用すれば、クライエントさんの

自分では気づかない内的なものに働きかけ治療することが出来ると思います。

例えば、仮にポシティブなモデリングというものが存在すれば、

こころの病んだ人にもこの「共鳴装置」はあるわけですから、

その周波数さえ合わせてやればいいわけです。

極端に言いますと、つまり元気な人の傍に行っただけで、

こころの病は治ってしまうのであります。



 今日のカウンセリング 2005年 1月

*スピリチュアルカウンセリングと言霊カウンセリング

先日、私はテレビを見ていました。

それは「江原啓之さんのスピリチュアルカウンセリング」という番組でした。

この手の番組はどうせ、やらせだろうと思って検証しながら見ていました。

江原さんは、どうやら霊感能力が、あるらしく、霊を透視できる人みたいです。

番組では放映されていた、それぞれの問題解決の過程は、

少なくとも、うなずけるものがあり、とても勉強になりました。

こうゆう特殊な才能を持った方は、それなりのカウンセリングが

出来るのでしょうね。現代版シャーマンのような感じでした。

私たち凡人は少なくとも、そういった特殊能力を通常は持っていません。

では、どうすれば悩みなどを解決すればいいのでしょう?

この質問への私なりの解答を述べさせていただきます。

それは、ずばり「無意識の力」を利用するという事であります。

こころの奥底に沈む無意識の力、それは例えるなら、

大海原の深海を流れる大深層水と考えるといいと思います。

いかだで大海に流された人を救うには、風や波(意識下)では物足りません。

むしろ深海の大潮流で一気に陸に押し流したほうがいいのです。

私は、この世界の90%は無意識領域の世界で動いていると見ています。

つまり、物事を解決しようと思えば10%の意識領域で解決するのでなく、

むしろ無意識領域で解決する方が早いのです。

カウンセリングの道具として主に使うのは、やはり言葉です。

「言霊」、「言葉の杖」などとカウンセリングの現場では、

非常に言葉(対話)は重要視されています。

一見、関係ないような言葉でも、自由連想法に見られるように、

そこから無意識下に働きかけ、こころの傷を癒していきます。

感情が表出される事が少なくなった現代、その分、言葉に秘められた思いを

感じることが出来ます。

現代人は心理的防衛として感情を外に表さなくなりました。

一昔前まで「感情は理性にとって邪悪なもの」として扱われてきましたが、

最近の心理学では、むしろ感情は人間的に根源的なものだから、

理性にとっても必要なものとの認識が大きくなってきました。

無意識領域に秘められた感情と意識下にある理性とが、

うまくバランスが取れていれば、健康なこころの状態といえるかもしれません。



文責 藤永英治(ふじながえいじ)

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