今日のカウンセリング 2007年 12月

*人生の達人

人生には辛いこと苦しいことが沢山ある。

またその分、楽しいことワクワクするような出来事も沢山ある。

人生の達人といわれる方々は、この人生の節目や岐路に差し掛かった時に上手く

乗り切れるコツをつかんでおられるように思えます。

辛いことや苦しいことをずっと考え続けていると、

これは誰でもウツ状態に陥ります。

そうではなくて自分にとって楽しいことラクに物事を考えられる

クセなどをつけるといいと思います。

そうは言っても、先生辛くて辛くてたまりませんと仰る方がいますが、

物事には光と影があり、その相対的な二極が存在しないと幸福なんて、

十分には、かみ締めらません。

悪いことありの人生、それも人生の一部と受けいられるようになれば、

あなたは人生の達人でしょう。

そして悪いと思っていた出来事も後々考えてみれば、

それは自分にとって人生を変革出来たことになる結果かもしれません。

嬉しい時は大いに喜び、楽しい時は大いに歓喜し、悲しい時は大いに涙すればい

いのです。感情を上手く適切に表現する手段を手に入れた方も人生の達人です。

悪いことばかり考えて重荷をいろいろ、背負っていませんか。

そろそろ、それも切り離してラクに生きられる方法を考えましょう。

また自分には世の中で価値のない生きてゆくことの出来ない

間だと思うことは絶対にありません。

その人らしさという個性があり、その人がその人の人生を生きてゆく

目的が絶対的に存在すると思います。

自分らしい人生を生きる、これが最も大事なことではないかと思います。



今日のカウンセリング 2007年 7月

*苦しみとは

私たち自身に何か苦しい出来事や辛い出来事があった時、

まずその苦しみや辛さに立ち向かおうと努力します。

全力で努力して解決に向かおうという意思が働きます。

それでも尚、苦しみや辛さが継続するときには心がダウンして

萎縮してしまい、うつ状態に陥ります。

これはネガティブな思考に向かうスパイラル(グルグルと、らせん状に回る)に

はまり込み、なかなか悪い思考回路から抜け出す事が出来ません。

人は悪いことと良い事をどのようにココロは判断しているのでしょう。

私たちには、それはかなり主観的観点に基づいたものから来ているといえるので

はないのでしょうか。

例えば自分自身の経験や感覚です。その他、他者の行動を評価したものです。

これらの要素から自分の現状を判断し苦しさや悲しさが噴出されるのです。

ではどうすれば、この苦しみや悲しみから解放されるのでしょうか。

私が最近読んだ本のなかでヒントになる言葉を見つけました。

「苦しむことは何かを成し遂げること」

夜と霧 P132 みすず書房 ヴィクトールEフランクル(精神分析医)

私的に解釈すると苦しいことも悲しいことも自分にとっては未来にはそれを生か

して楽しいこと嬉しいことに変えていくということだと思います。

そして何故、今こうして自分は苦しんでいるのか、

ちゃんと自分自身と向き合ってその意味を考えることだと思います。

人生に何も起きなければこれほど退屈で自分が変わらないことはないのです。

むしろ苦しい辛いことがあった時ほど自分が変われるチャンスで

あったりすると思います。

世の中の全てのありとあらゆるものは変化していきます。

辛いこと悲しいことがずっと続くわけがありません。

皆さんも過去の自分と決別して楽しい嬉しい人生を完成させてください。



今日のカウンセリング 2007年 6月

*過労死について

私は今、強い怒りを感じます。

それは何かと申しますと、日本の過労死、

特に過労による自殺が後を絶たない事です。

こんなに人をまるで機械のように扱い、

自死に至らしめてしまう環境が問題なのです。

日本人は戦後、勤労を美徳とする傾向がありました。

この傾向はバブル以後、景気がよくなった現在でも傾向性は残っているようです。

何もただ単に仕事をもっとサボりなさいといっているのではありません。

今の日本人の働き方ですと育児や介護もままならぬ状況ではありませんか。

多様な働き方をもっと認めるべきだと思います。

仕事に没頭できる環境で自身も体力的にも精神的にも

満足される方はそれでいいでしょう。

しかし、それをそのまま人に押し付け同じように働くことを

求めるというのは愚の頂項です。

このような長時間労働の社会は到底長く続くわけがありません。

これは社会の有様が超高齢化、少子化に向かっているのに

私たちの社会は働き方について何も論じていません。

会社の経営者や政治家の方にももう少し考えてもらいたいですね。

確かに日本という国は資源がないので知恵を駆使し世界戦略的に

は勝負しなければなりません。

その為に社会全体が長時間勤務、低賃金であれば、

これはかってアメリカ黒人が経験してきた奴隷と同じです。

奴隷の立場であれば追い詰められた場合、

死を選ぶということもありきなのです。

特に日本人は真面目で責任感が強いという国民性が

災いして自分の生活にゆとりや融通がきかず休日も殆ど取りません。

欧米などは休みと仕事の境界がはっきりしていますし、

人生の仕事と楽しみを熟知しているように思います。

日本がもっとグローバル化されるのなら

休みの取り方も欧米並みにするべきでしょう。

人生を楽しめない日本人は本当に不幸だと思います。



今日のカウンセリング 2007年 5月

*摂食障害について

今回も摂食障害について書きます。

ダイエット志向とか完璧な自分を求めるあまり受けいられない現実を

食べ吐きという自虐行為に置き換えるというのが摂食障害です。

過食にしても拒食においても「飢餓」状態です。

これは単に食べ物への飢餓というわけではなく

他者からの愛情であったり自己像への飢餓であったりします。

ですから求めても得られない愛情や求めても得られない自分を羨望する

スタイルということになります。

飢餓の要求基準がとても高く、自分が到達出来ないレベルでもあります。

つまり世の中には完璧というものは無いのではないかということです。

全てが未完成で未達成です。現実的には、それでもいいのだと思います。

またそれを受け入れる熟成した自我が必要だと思います。

摂食障害における「究極」というのもあまり好きではありません。

何故ならその背後にあるのは強迫的な意図した指向があるからです。

「絶対に」という言葉も好きではありません。must be 〜しなければならない。

これは絶対にやせなければならない、という思いがあります。

摂食障害の方は現実を受け入れるのがとても厳しい方が多いと思います。

しかし嫌な物、嫌いな自分も現実であります。

こころが育つといのはいろんな要素を受け入れるということだと思います。

つまり自分の嫌な過去、嫌な自己像も受け入れるということです。

また摂食障害の方は自分自身をかなり抑制しておられます。

その反動のストレスで食べ吐きなどがおこります。

本当の自分を知ってもらいたい、もっと愛されたい。

これが摂食障害の方の一番の願いでしょう。

それを適えてあげるのがカウンセリングの仕事でしょう。



今日のカウンセリング 2007年 4月

*バランス感覚とは

バランス感覚についてお話してみたいと思います。

人間というのは微妙なバランスによって成り立っていると思います。

例えば、睡眠時間、食事の量、運動時間などが、

それぞれ過不足なくちょうどいい具合に、その人にあった適量があってはじめて

人間個体としての生活が成り立つのでしょう。

寝る時間が極端に短かったり長かったりすると

これは一編に自分の自律神経のバランスを壊してしまうことになります。

また過食やダイエットなどは自分自身の体や心までも壊してしまいます。

栄養学的には同じものばかりを食べているというのもバランスに欠けます。

食事の時間も大事ですね。ちゃんと定時に食べるということが、

リズムをつけてゆくことになります。ため食いや間食は進められません。

そして運動不足は生活習慣病などメタボリックシンドロームの引き金になります。

自分のとって何がどれだけ適量必要量なのか、

常日頃から考えておかれるのがよいでしょう。

また日本の社会では近年、少子化という問題が出てきています。

社会全体の人口が高齢化に向かっています。

これからは老人が多数を占める社会になってきます。

これも考えてみれば年齢層に於ける人口比率のバランスが悪いわけで、

働き手が少ないわりには扶養する家族が多いという

社会的な歪が出てくるわけです。

人間は一人で生きているわけではないですから、

それぞれの人生観、その人の価値観はお互い影響しあって生きていると思います。

もし若者が社会から消えると新鮮さや挑戦という言葉は

死語になるかも知れません。

逆に老人がいない社会では人生の造詣が語られることがなく、

争いの絶えない社会になってゆくかもしれません。

また職場などを例にとってみますと、

例えば男性ばかりの職場、女性ばかりの職場においては

男女差でモノの見方考え方が変わってきますので、

仕事の効率などに影響されます。

またそうでなくてもその職場社会のルールであったことでも

社会全体からみると、とてもバランスに欠けています。

性差、年齢差、それは他者の世界も認めてあげることが

バランスよくするということではないでしょうか

バランス感覚が大事なことは、いつの時代どの場所でも要求されるわけで

その事を常に念頭において置けば上手な生き方が出来るといえましょう。

極端に右にも左にもぶれず、プラスにもマイナスにもならず、

ちょうどいい加減にしておくことが心身の安定を保つことにもなります。



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文責 藤永英治(ふじながえいじ)


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